2011年に発生した東日本大震災は、地震・津波の自然災害に加え、東京電力福島第一原子力発電所事故にともなう原子力災害を引き起こし、東日本全域に大きな被害と影響をもたらした。原子力災害は、原発事故にともなう放射性物質の広範囲にわたり拡散し、その影響から原発周辺に住む住民の多くは、「ふるさと」を離れざるを得なくなった。
原発事故の収束が見通せない状況の中で、政府の避難指示が長期化し、被災者の多くは、長期避難生活を余儀なくされた。こうした原子力災害は、これまでの自然災害を中心にしたこれまでの災害支援では十分対応することができず、新たな対応を必要とした。さらに、災害というリスクにさらされた個人や家族がどのように生活再建をするかは、今後の災害研究における学術的課題を生じさせた。とりわけ歴史的には様々な社会的災厄にむきあってきた社会福祉学が、個人及び家族の生活問題をトータルにとらえると標榜しながらも、専門分化を進め、こうした災害時における被災者の生活再建に十分に貢献し切れていないという課題を生じさせた。
以上の背景から、本書は社会政策学・社会福祉学の立場から、長期にわたりリスクにさらされた個人や家族の生活再建上の課題を明らかにすると共に、その支援に関する理論的枠組みを示すことを目的とした。
ベックやワイズナーらによって災害を含む社会的リスクに関する研究がすすめられてきたが、東日本大震災およびその後の原子力災害は、想定し得ないリスクを人や社会にもたらし、新たな研究上・実践上の課題を投げかけた。
この原子力災害にともなう被災者の被災の特徴は、「広域避難」「家族離散」「避難の長期化」であり、従来の自然災害における被害とは異なる特徴を示し、被災者の住宅再建をするだけでは生活再建につながらない場合も少なくないことを示した。
そのため本書では、従来災害復興の中ですすめられてきた単線型復興モデルは人々の生活再建の障壁になっていることを示し、今後の災害復興政策が多様な人と地域の再建のあり方を包摂する「複線型復興モデル」の分析枠組みを提示した。
研究方法として、以下の方法を用いた。
第一に、わが国を中心に災害研究に関する先行研究をとりあげ、被災者の生活再建が、なぜ災害対応の「周辺部」に追いやられ、十分議論されてこなかったかを明らかにした。
第二に、自然災害および原子力災害における被災者に対する定量的な調査研究を用い、生活再建上の課題を明らかにすることである。具体的には、旧山古志村被災者、3回にわたる双葉郡の全住民を対象にした悉皆調査によって、自然災害と原子力災害の被害の「一般性」と「特殊性」を明らかにした。
第三に、国・被災自治体等の資料、さらには被災者支援にとりくむ関係者等のからのヒアリング調査を通じ、災害時における福祉課題を明らかにした。
第四に、国および被災自治体の復興政策をとりあげ、原子力災害によって余儀なくされた被災自治体の復興計画が、「まちの復興」だけでなく、「ひとの復興」を計画に盛り込んでいった経緯を示し、被災者の「多様な生活再建」を包摂する「複線型復興モデル」を実践的に提示してきた事例をとりあげた。
第五に、長期にわたりリスクにさらされ長期避難を余儀なくされる事例は、原子力災害だけでなく、紛争や暴力あるいは気候変動など様々なリスクでも起きており、「国内避難民」(IDPs)として国際的課題になっており、研究上も実践上も大きな課題になっていることを示し、原子力災害をこうした国内避難民問題として位置づけ直した。
本書の結果は、原子力災害によって避難を余儀なくされた被災者への大規模調査によって、「広域避難」「家族離散」「避難の長期化」といった被害の特徴を示し、従来の自然災害に基づく災害復旧・復興にみられるインフラなどハードの環境整備を重視し、被災者の住宅再建=復興と捉えがちな「単線型復興モデル」では被災者の生活再建につながらないことを明らかにした。例えば、原子力災害によって避難を余儀なくされた被災者の多くが、避難先で住宅再建を果たしているにもかかわらず、自らが復興したと認識していないことや、生産年齢人口のおよそ3割が震災から数年を経てもなお「無職」となっていること、3回にわたる被災者調査によって徐々に回復しているものの依然として精神的健康度が全国平均に比べ低位であることなど、生活再建上の課題が震災から10年以上経っても克服できていない実態を明らかにした。
原子力災害における被災自治体の復興計画では、「まちの復興」とともに、「ひとの復興」として、被災者の生活再建を重視した理念を示した。これは長期にわたり避難指示が解除されず、広域に避難をせざるを得ない現状の中で、何れの地域においても、被災者の生活再建を実現し、尊厳ある暮らしを取りもどす過程こそが復興であることを示すものであった。
ところで、長期にわたりリスクにさらされるのは、災害のみならず紛争や暴力あるいは気候変動など様々なリスクによって長期避難を余儀なくされる現実が世界では多く散見される。こうした避難では、国境を越えた「難民」だけでなく、国境を越えない「国内避難民」も増加し国際的にも人道上の課題となっている。国連が示した「国内避難に関する指導原則」では、国内避難民の支援について、「国内避難民が自らの意志によって、安全に、かつ、尊厳」をもって、「帰還」のみならず、「再定住」や「再統合」を包摂していく必要性を指摘している。
このように長期にわたりリスクにさらされた個人や家族が、尊厳をもって生活再建を実現するためには、「単線型復興モデル」ではなく、被災者自身の多様な生活再建の道筋を保障する「複線型復興モデル」が必要であることを本書は明らかにした。
被災者の生活再建は「住宅」のみならず、様々な指標によって評価されることが必要である。本書を通じ、被災者の生活再建は、@住まい、A仕事、B経済生活、C家庭生活、Dジェンダー、E教育・子育て、Fコミュニティ、G文化、H健康・福祉、I参加、の10の指標を必要とすることを提示した。
本書によって、原子力災害によって長期わたり避難を余儀なくされた被災者の生活再建はどのような道筋で実現していくべきか。それは、画一的・単一的な生活再建像として「単線型」ではなく、多様な生き方と住宅だけでなく様々な指標に基づき生活再建を実現していく「複線型」の復興モデルが必要であることを結論づけた。
さらに、原子力災害という未曾有の災害が、ともすればその「特殊性」だけに着目し、それへの対応に終始すれば、災害を含む社会政策一般の改善や向上への回路を閉じてしまうことになりかねない。そのため自然災害を含む多のリスクとの共通性を導き一般施策への移行を見すえた回路を見いだしていくことが必要である。本書では、それを3つの回路として提示した。具体的には、@災害法制度の改善、A社会政策一般の充実、B地域の福祉力向上と推進、である。
本書は、被災者の多様な生活再建を実現するためのモデルを「複線型復興モデル」として提起した。これを単に理念としてとどめることなく、具体的な支援として具体化していく必要がある。本書ではその具体化として、一人ひとりの生活再建を支援する「災害ケースマネジメント」の必要性を提起した。また、社会福祉専門職が本来の「生活の全体性」を取りもどし、被災により生活問題を抱えた個人や家族の支援に、「災害ケースマネジメント」の手法を用い、その支援に携わる必要性についても論じた。
本書は、東日本大震災および原子力災害から12年の歳月を経た時点において、この間の復興政策や被災者の被害実態をふまえた研究である。今後長期にわたりリスクにさらされた個人や家族が、どのような生活再建を実現していくかは、さらに検証を必要とする。当面明らかになった生活再建の指標化もさらに調査を重ね、これを具体化していく必要がある。
また、当初「まちの復興」と「ひとの復興」をかかげ、多様な被災者の生活再建を包摂しようとした復興計画が、その実施過程において、ハード中心の「単線型復興モデル」に回帰していく現実は、さらに詳細な検証を要する。
本書で示すことが十分ではなかったこれらの課題について、さらに研究を重ねていく所存である。
最後になりましたが、本書に過分な評価をいただいた審査委員の先生方に御礼申し上げます。本書の中心である原子力災害における被災者の調査研究は、双葉郡の自治体の協力なくしては実現しませんでした。ご協力いただいた自治体の皆様、とりわけ調査にご協力いただいた住民の皆様にも御礼申し上げます。また、ご指導いただいた多くの先生方、調査研究に際し貴重な示唆をいただいた共同研究者・連携研究者の皆様にも、この場を借りて感謝申し上げます。