『福祉政治史』概要
グローバル化のもとで先進国の福祉国家は大きな変革を迫られている。福祉国家はどこに向かっているのか。本書は、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、アメリカ、日本という六カ国の福祉国家を対象とし、その形成・変容過程を約100年にわたって比較考察したものである。福祉国家はいかなる条件の下で発展したのか。現在の福祉国家再編においてどのような分岐が見られるのか。これらの問いを検討し、福祉国家の将来と今後の選択肢について示唆をもたらすことが、本書の目的である。
序章では、本書の問題意識を示し、研究手法について論じた。近年までの研究で主流となっているのは、個別政策(社会保障、雇用政策、家族政策等)を対象とし、比較や統計分析を通じて政策の分岐をもたらした要因を特定する因果的アプローチであった。本書では、個別政策に関する研究を踏まえつつも、福祉国家を歴史的個性をもった総体として理解する。福祉国家を総体としてとらえるために、労使階級のみならずジェンダー、エスニック等の社会的亀裂も考慮に入れ、自律を求める社会集団の権力関係が特定の政治制度のもとで政党競争へと反映され、福祉国家の性質を規定する、ととらえた。
第1部では福祉国家の形成について比較考察した。第二次世界大戦後、先進国は国際的なブレトンウッズ体制と国内のフォーディズムという共通の枠組みのもとで福祉国家を導入していく。ただしその過程は、労使関係、政治制度の集権性、左右政党の競合およびジェンダー規範に応じて分岐していった。本書ではこれら共通の分析概念を用いて、自由主義レジーム(イギリス、アメリカ)、保守主義レジーム(フランス、ドイツ)、社会民主主義レジーム(スウェーデン)への分岐がなぜ起こったのかを明らかにした。
日本はしばしば他の先進国とは比較できない特殊な国とされる。本書では、戦後の日本がブレトンウッズ体制とフォーディズムという共通の枠組みの下で福祉国家化を遂げた、と理解した。労使関係を軸とする社会的権力関係では自由主義レジームに近いが、政治制度の分権性と支配的政党の理念では保守主義レジームに近い。
第2部では1970年代から現代までの福祉国家再編を比較した。グローバル化とポスト工業化は福祉国家に「縮減」と「拡大」(新しいリスクへの対応)という相反するインパクトをもたらす。福祉国家再編の方向性は各国の政治的選択に規定される。本書では、1990年代までの政治過程を福祉制度と政治制度のもたらす「経路依存」という分析概念によって比較し、2000年代以降の政治過程を「政治的機会構造」という分析概念によって比較した。アメリカやイギリスは政治権力の集権化を進め、金融を基盤とする新たなレジームを構築しつつある。ドイツは戦後福祉国家を転換し、ワークフェア型の福祉へと向かっている。スウェーデン、フランスは失業層、女性、若年層への包摂政策を進め、各人のライフスタイルや働き方の多様な選択肢を保障する「自由選択」型の福祉へと転換した。
第3部では、格差への再分配政策、労働市場政策、家族政策の三つに絞って各国の対応を比較考察した。政治的機会構造が閉鎖化し、トップダウン型の政策決定プロセスが採られる場合はワークフェアが、政治的機会構造が解放化し、新しいリスクへの対応を求める社会運動の影響力が政治へと反映される場合には自由選択型の政策が選択される、と論じた。
終章では、以上を踏まえ日本の選択肢について論じた。今日の日本は、格差拡大、少子高齢化、財政赤字という三重苦に直面している。その要因は、新たな社会経済状況に対応するためのレジーム再編に失敗したことにある。本書では、ワークフェア型の政策を掲げてトップダウンを志向する政党と、社会運動やアウトサイダーと連携して自由選択型の政策を掲げる政党との新たな競争空間を作りあげることが必要である、と結論づけた。