本書は、オランダ現代政治を題材としながら、先進的な福祉国家において進行する「包摂と排除」のロジックを分析することで、現代福祉国家の抱えるアポリアの解明を試みたものである。
本書ではまず、近年雇用改革・福祉改革が進み、国際的に「オランダモデル」の名で知られる現代オランダの政治経済変容を分析した。1980年代初頭の賃金抑制・労働時間短縮のパッケージ・ディールを柱とする政労使合意(いわゆるワセナール合意)を嚆矢とし、近年のオランダで進められている雇用・福祉改革は、国際的にも注目を集める、先駆的なものを含んでいる。ワークシェアリングによる雇用確保の試み、非正規労働の正規化を通じた雇用の安定化の進展、ワーク・ライフ・バランスの追求などは、女性や高齢者、福祉給付受給者らの就労を積極的に促進し、個人のライフスタイルを尊重しつつ労働市場への積極的な「包摂」を進めるものであるが、これは、日本において正規労働/非正規労働の格差が同時に越えがたい所得格差に直結し、しかも正規労働者も長時間労働を強いられている現状を考えれば、さまざまな点で示唆に富むものである。
しかし他方、近年のオランダでは、新右翼政党の台頭を契機としつつ、「福祉に依存している」とされる移民・難民に対する批判が高まり、移民の排除が急速に進行している。ではなぜ、社会的「包摂」を積極的に推進しているオランダが、同時に移民・外国人の「排除」を進めているのか。「包摂」と「排除」という、一見すれば対極に見える政策の背後にある論理は何なのだろうか。しかも「包摂」をキーワードとした福祉・雇用改革の方向、そして移民・難民に対する「排除」の強化は、オランダのみならず先進各国、そしてEUレベルにおいても並行して着実に進展しているのである。
本書では、この「包摂」と「排除」に通底するロジックとして「参加」の論理を指摘し、現代福祉国家における「参加型社会」への転換が、一方では女性・高齢者などの就労促進を通じて「包摂」を促しつつ、他方では、「参加の可能性の薄い」移民・外国人への「排除」を招いていることを分析した。近年の福祉国家再編において顕著な特徴は、福祉国家におけるシティズンシップの条件に「参加」を要求するようになったことであるが、労働や市民生活への積極的参加を市民に求めるこの「参加型社会」への転換を受けて、各国は女性や高齢者も含む多様な人々の参加を進めて「包摂」しつつ、同時に「参加」の見込みが薄いとされる移民・外国人の多数はあらかじめ「排除」の対象とする方向にシフトしている。「参加」の論理のもとで、「包摂」と「排除」は同じ現象を別の側面から切り取ったものにすぎなかったのである。
そして「参加型社会」への転換の背景にあるのは、サービス化・情報化が進んだ脱工業社会の到来、いいかえれば、人々が取り結ぶコミュニケーションそのものが価値を生み出していく「ポスト近代社会」の出現だった。人々の積極的な参加を前提とし、コミュニケーションを重視するこの「ポスト近代社会」においては、特に言語を通じたコミュニケーション能力の有無が、個々人の社会的価値に容赦なく連動していく。そしてその能力の有無の測定が、移民に対するシティズンシップ・テストとして活用されることで、言語・文化を共有しない移民に対しては、多くの場合、「排除」を生み出すことになったといえるだろう。
このように本書では、オランダのみならず先進諸国で進展する「包摂」と「排除」の構造を明らかにすることで、現代福祉国家の抱える光と影を描き出すことを試みたのである。
なお本書については、『毎日新聞』『日本経済新聞』など11紙(誌)で書評の対象となったほか、福祉・労働研究をはじめ政治学・経済学・社会学など、人文社会科学の諸分野の方々からさまざまな反響をいただき、刊行後1年で三刷となった。本書が、変容の進む福祉国家のあり方を解明し、現代に生きる私たちの「立ち位置」を理解する一助となれば幸いである。