本書は貧困問題を出発点とするものである。貧困の再生産という視座に立った際、児童養護施設は本来「子どもが子ども時代に貧困の再生産を断ち切り、将来の社会的排除を予防する生活の場」として位置付けられる。しかし、施設退所後の子どもたちの生活は必ずしも安定したものであるとは限らないことは先行研究によっても明らかにされ、また援助実践の現場で働く職員の経験値としても積み重ねられている。子ども時代に社会福祉の介入があるにも関わらず、なぜ退所後には再び排除の状態におかれるのか。長期的(2年10カ月)なフィールドワークとその結果を分析することによって明らかにする。
本書は次のように構成される。序章:研究目的および研究枠組み、第1章:実証的研究の方法、第2章:児童養護施設における「脱出」過程の包括的分類、第3章:施設の入所局面および退所局面、第4章:施設での生活過程、第5章:施設で生活する子どもと援助組織、終章:児童養護施設を基点とした脱出に向けて、補章:イギリスにおける社会的排除への対応策―要養護児童への政策および援助実践、である。
本書では、施設で生活する子どもの実像を捉えるために「脱出(get out)」という独自の概念を使用して実証に導いていく。通常、排除(exclusion)の対概念は包摂(inclusion)である。脱出は、排除に抵抗する個人レベルにおける軸として設定した。児童養護施設で生活する子どもたちに即して述べると、施設入所はさしあたり社会的な次元において包摂であると捉えられるが、個人的な次元において必ずしも包摂として捉えきれない側面もあり、さらに「再排除」の可能性も視野に入れている。また、脱出は当事者の生活過程と主体性を強調した概念であるが、自己責任を強調しない。むしろ子どもが脱出に向かうことを阻害される援助実践上および社会的な課題を明らかにするものである。
脱出は、【入所】、【施設での生活】、【退所】の局面と【援助組織】(施設職員や学校、児童相談所など)の次元で把握される。本書では、まず入所から退所後の生活が把握可能であった25ケースについて脱出層、不安定層、再排除層と包括的に分類し脱出過程を詳細に分析した。さらに調査中に出会った子どもたち全員である80ケースについて分析の対象としそれぞれの局面および援助組織との相互作用を参与観察し分析した。
結論としては次の点が指摘できる。【入所】は、子どもたちが施設を介在し脱出に向かう第1段階であるが、入所理由が脱出に直接的に影響している。退所後に再排除となった層は入所理由が虐待などのケースが多い。つまり入所前から子どもが抱え込んでいる課題に対しての援助組織のフォローが脱出に向かう岐路となる。【施設での生活】は、子どもの主体形成の過程であり脱出の条件を形成する。施設という集団生活のなかで自らの居場所を見出すことができるのかが脱出に関わっている。【退所】はそれ自体が脱出ではなく、退所に向けた準備と退所後の生活を含めて捉えられる。準備のない退所は再排除との相関性が強くみられた。
児童養護施設自体が抱える課題もある。つまり、子どもは施設に入所することで引越しを余儀なくされる。施設を拠点として再び社会関係を築くが、いずれ来る退所によって三度その関係性が切断される。こうして繰り返される拠点の移動が子どもの「拠り所のなさ」を加速させ再排除につながる可能性が指摘できる。逆に施設を自らの居場所として捉えることができた際に脱出につながることも明らかになった。地域社会においては、子どもは「学園の子」と一括りにされ交流はほとんど見られなかった。逆説的ではあるが、社会から排除されているゆえ子どもは脱出に向かうことが難しいという結論が導き出された。