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第4回損保ジャパン記念財団賞 受賞文献要旨

[著書部門]  『精神障害者の地域生活支援』
         −統合的生活モデルとコミュニティソーシャルワーク−

長崎ウエスレヤン大学教授 社会福祉学博士  田中英樹

 本書は、筆者の学位論文「日本における精神障害者に対する地域生活支援システムの研究――精神医学ソーシャルワークの立場から」を改題し、一部改稿して出版したものである。本書全体は、1995年以降の精神保健福祉法時代という現在と近未来に焦点をあて、この時代が表題で示した「精神障害者の地域生活支援」にとってパラダイム転換期であるという認識からその主要な課題を論考した。
  特に本書は、統合的生活モデルの視座から日本における精神障害者に対する地域生活支援システムとソーシャルワーク実践におけるプロフェッショナルの新たな役割であるコミュニティソーシャルワークを展望したものである。本書は序章、本論3部9章、終章で構成される。
  序章では、研究の背景・枠組みと研究の視点・方法を提示し、第1部では地域生活支援システムの基本的視座と概念的枠組みを、第2部では地域生活支援システムの成立要件を、第3部では個人・地域・県域レベルの実践事例を、終章では、地域生活支援システムの近未来に論究した。
  本書は、筆者の27年の現場実践を基盤に、PSWという臨床に基盤を置き、かつ地域を志向するコミュニティソーシャルワーカーの立場から、実践的実証研究を基本に、社会福祉研究の実践学ないし現場学をめざしたものである。還元すれば、本書は全体を通じて、この分野における社会福祉学とソーシャルワーク実践の位置、貢献、有用性を総括的な視座から論証してきた。
しかし本書は、日本における精神障害者に対する地域生活支援システムの各論的な細部まで言及していない。個別課題は、筆者を含め、多くの実践者や研究者たちがこれまで論じてきたし、今後も言及するからである。本書はむしろ、これまであまり論じられることがなかった視点より記述した。その際、PSWの視点と方法を明らかにするためにも、エンパワーメントの視点や「統合的生活モデル」の確立に視野を置いて、従来不十分だった、ないしは取り上げられていなかった研究課題であるエンパワーメントの要因やオルタナティブサービス、精神科医療とリハビリテーション及び社会福祉の関連、長期入院の調査と提言、地域ネットワークとその事例などについても論究した。本書で取り上げた実践事例の多くは、川崎市での実践を除いて筆者が直接関与したものではない。むしろ直接関与していない利点において、新たな視点から日本のベストプラクティスとして抽出でき、かつ理論化の素材として整理できたと確信する。
  総括的に述べると、精神医学ソーシャルワーカーの援助は、明らかにその実践哲学、モデル、構造、方向性のすべての領域においてパラダイム転換を迫られていることが明らかとなった。本書が全体を通して強調したそれらのキー概念は、エンパワーメント、「統合的生活モデル」、コミュニティソーシャルワーク実践、地域ネットワーク、オルタナティブサービス、そして地域基盤のシステム形成などである。基本は、ユーザーオリエンテッドの立場であり、専門家の役割も変容せざるを得ない。それは単純な役割の縮小でも後退でもない。むしろ逆である。地域基盤の総合的な視野と実践の広がりを意識した、大きな力量形成を実践者に求めている。「医学モデル」に枠づけられた狭義の臨床チームは、「統合的生活モデル」の導入による精神障害者の地域自立生活をバックアップする多分野協働・異業種連携チームへとその輪を拡大していくことを認めなくてはならない。専門家の新しい役割と評価は、地域全体のデザイン力であり、コンサルタント力である。質的にも押し上げられてくるソーシャルワーカーの役割発揮には、狭い技術のレベルだけでなく、再びその実践価値から問われてこよう。
  最後に、今回の受賞に際し、ご指導・ご推薦下さいました諸先生に心より感謝申し上げます。今後とも初心を忘れず新たな意欲で実践的研究に励んでいく所存です。

 

 

[論文部門] 高齢者ケアマネジメントにおける倫理的意思決定
−ソーシャルワークにおける道徳的推論の適用に関する議論からの一考察−

愛知県立大学助教授 文学博士 田川 佳代子

 高齢者介護における援助実践を支える第一線職員の意思決定の脈絡には、様々な倫理的ディレンマが存在する。欧米では、高齢者介護における倫理的諸問題についてすでに幾つかの焦点に絞られた議論が行われている。我が国では介護保険施行とともに新たなシステムとして、ケアマネジメントや権利擁護の仕組みが導入されたが、虚弱な高齢者の自律性や自己責任が強調される傍ら、家族、介護サービス事業者、国、都道府県、市町村、そして国民一人一人を含む各々の責任や義務は重層的に錯綜し、ますます複雑かつ曖昧化している。ソーシャルワークでは、援助実践で経験される倫理的ディレンマに関する研究が徐々に蓄積されており、高齢者介護における倫理的意思決定に関するガイドラインの形成は、ソーシャルワークにおいても注目すべき課題といえる。
  本研究は、高齢者のケアマネジメントに携わる援助者の意思決定に焦点をあて、ケアマネジャーの倫理的ディレンマと倫理的意思決定について調べることを目的としている。
  まず、ケアマネジメントにおける倫理的諸問題に関する先行研究から問題点の整理を行い、次にケアマネジャーの倫理的意思決定を検討するために、ソーシャルワークへの適用が試みられる道徳的推論に関する議論を振り返っている。道徳的推論に関連する文献研究から、ケアマネジャーが携わる倫理的意思決定と行動を説明し予測する構成概念と基本的枠組みを検討し、高齢者ケアマネジメントの倫理的意思決定に関する経験的研究を導くモデルの提案を試みた。
  本研究では、ミクロとマクロの両システムの相互作用を視野に含めたソーシャルワークを、ケアマネジメントにおいて考慮すべき重要な理論体系の一つであると仮定している。また、本論文は、ソーシャルワークの立場から、高齢者の長期介護を支援する第一線職員の倫理的意思決定に適用しうるガイドラインの形成を目指す、その基礎的研究の一つとして位置付ける。
  これまでの研究経緯から、高齢者介護の倫理にアプローチする枠組みとして、二つの倫理モデルを想定している。一つは原理原則に基づく推論による倫理分析、即ち、個人の自己決定や自律性を重視する権利モデルであり、もう一つはコミュニケーション行為による交渉や妥協も含めた他者への配慮やケアリングを重視する徳の倫理である。
  提案したケアマネジャーの倫理的意思決定のモデルは、今後、経験的データに基づくものにしていく必要がある。その際に、ケアマネジャーの倫理的選択にある諸価値や諸目的についての詳細な議論や、倫理的意思決定に影響を及ぼす諸要素についての検討をさらに綿密に行っていくことが課題である。高齢者ケアマネジメントにおける介護サービス計画(ケアプラン)作成過程への掘り下げが不十分であった点は、今後の取り組むべき課題として残している。演繹的推論と帰納的推論の二重軸によって、この領域の研究を推進する継続的努力を積み重ねていく必要があると考える。
  最後に、このたび損保ジャパン記念財団賞をいただき、心より御礼と感謝を申し上げます。今後とも、多くのご指導を承ることができますよう、研鑽を積んでまいりたいと思います。