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第3回損保ジャパン記念財団賞 受賞文献要旨

[著書部門]  『公的扶助の展開』  −公的扶助研究運動と生活保護行政の歩み−

東洋大学教授 社会福祉学博士 大友信勝

 本書は、現代公的扶助の展開にみる特徴と課題を公的扶助研究運動史と生活保護行政の運用史を通して明らかにすることを目的にしている。公的扶助は社会的セーフティネットの役割をもち、財源を税に求め、一定のミーンズテスト(資産調査)を伴って実施される最低生活保障制度である。わが国では憲法25条を根拠にした生活保護法が公的扶助を代表する制度である。
  生活保護制度の特徴と課題は、1.スティグマ(恥の烙印)と超低保護率、2.捕捉率の低さと漏給問題、3.保護申請手続きの複雑さと資産調査の厳しさ、にある。
  社会福祉基礎構造改革は、選別主義から普遍主義を志向し、サービス利用者と提供者の対等な関係の確立をうたっている。生活保護制度がなぜ利用者本位の制度にならなかったのか、なぜ硬直化したのか、その主な要因に行政裁量権の拡大・強化がある。産業構造の転換や不況期に利用者が最もセーフティネットの役割を期待する時に保護の適格性を求める選別主義が強化されたからである。
  本書は「適正化」をキーワードに3部構成をとっている。第1部は公的扶助研究運動史、第2部は生活保護行政史、第3部は被保護母子世帯調査、である。
  今日の生活保護制度の特徴と課題は、1980年代の制度運営によってもたらされている。第1部は、生活保護行政の運用・実施を担う全国の社会福祉主事たちが研究運動を通してどのように制度改善への情熱と誇りをかけて専門性を追求しようとしたのか。社会福祉主事の自主的研究運動史から保護の「適正実施」への批判、制度改善への実践を通史的にまとめている。特に80年代における研究運動を制度運用との関連で展開することを重視している。研究方法としては研究運動の意義と動向を実証的に明らかにするために、全国セミナーの資料集、報告書を中心にして、機関誌「公的扶助研究」と各ブロックセミナーを組合わせて論じている。全国セミナーの開催地が毎年変わることから単年度ごとに主役が入れかわり、リーダーたちが次々と配転の対象になり、浮き沈みの激しいドラマが展開されている。研究運動の灯はどのように守られ、継続され、苦難を背負ったかを明らかにできたのではないかと考えている。
  第2部は生活保護制度の今日的特徴と課題が行政裁量権の拡大にあるという仮説から、制度運用の実際に迫る分析枠組を設定している。研究方法は現場(福祉事務所)に最も直接的な影響力を行使し、行政裁量権の確立をはかる方法として生活保護法施行事務監査(以下、監査と略)が活用されたことから、監査方針の戦後史の分析を通して生活保護行政の歩みを論じている。特に1981年の「生活保護の適正実施の推進について」(いわゆる「123号通知」)の特徴と問題点、80年代監査の典型である87年度の監査の実際を枚方市を事例に分析している。監査が生活保護制度の硬直性をうみだし、選別主義を強める役割をはたしたことが論じられている。
  第3部は1980年代の監査の重点が母子世帯への「適正化」対策であったことに注目した調査研究である。監査方針に基づく制度運用は、現代的貧困の実際と特徴が変化していることへ対応できなくなっていることを被保護母子世帯の現状を通して実証的に分析し、監査の一面性を明らかにしえたと考えている。
  本書は生活保護制度施行50周年にあたり、現業の専門性と制度運用の改善を通して制度改革の発展に資する研究を目的にしている。本書の課題は、生活保護制度改革への具体的提言等が残されたことである。また、「福祉川柳事件」や福祉事務所論も研究課題として残されている。

 

 

[論文部門] 『学校ソーシャルワーク実践におけるパワー交互作用モデルについて』

福岡県立大学教授 社会福祉学博士 門田光司

 私は平成7年度に、学校巡回カウンセラーとして公立中学校を訪問する機会を得た。この事業の目的は、深刻ないじめ問題に積極的に対処するために外部の専門職が小中学校に赴き、児童生徒、保護者、教職員のカウンセリングや校内生徒指導体制について指導・助言をあたえることをねらいとしたものである。しかし、現実にはいじめ問題以上に不登校問題が深刻であり、その背景には児童生徒本人の心理的問題よりも学校内の友人関係や家庭内の親子関係、または地域的環境が大きく影響していることを知り、学校ソーシャルワーク実践の必要性を痛感したしだいである。
  学校ソーシャルワークは「学校―家庭―地域のつなぎ(link)役機能」を果たす専門的実践であるが、アメリカで発展してきた学校ソーシャルワークをそのまま教育文化的背景が異なるわが国に導入することはできない。それは、わが国の教師は「生徒指導」において家庭や地域にまで関わる任務を担っているからである。また、ソーシャルワークが隣接諸科学からの理論の応用によって発展してきており、特に臨床心理学からの諸理論の応用であればスクールカウンセラーや養護教諭の役割機能で事が足りうるということになってしまう。そのため、わが国での学校ソーシャルワーク実践の必要性を明示していくためには、その専門性の独自性を提示していかなければならない。
  以上から、本論文ではまず既存のソーシャルワーク実践モデル(一般システム論的視点、生態学的視点、エコシステム視点、エンパワーメント視点、ストレングス視点)を概観した。ストレングス視点以外はソーシャルワークの「人と環境との間の相互作用」に焦点をあてた視点ではあるが、その介入方法はいずれも個人の認知的変容に重点がおかれている。
  そこで、今回、新たなソーシャルワーク実践モデルとして、「パワー交互作用モデル」を構築した。学校巡回カウンセラー活動での多くの事例から、私は常に生徒が抱える社会的不公正(social injustice)な状況が人間関係における力関係で引き起こされている事態の多さを実感していた。そのため、このモデルは人間関係を理論的基盤に据えているところが大きな特徴である。そして、パワーを「自分のニーズを充足するために環境に影響を及ぼしていく能力」と定義づけた。われわれは日々、人間関係においてパワー交互作用を展開しているわけであるが、時には一方が他方に対して逸脱的な権威的・権力的パワーを継続的に行使する状況が生じる。そのような場合、他方は次第にパワーの減退状態に追い込まれ、状況改善に対し無力化し、人間関係での不信感を醸成していく。その結果、児童生徒においては学業不振や不登校という状況を抱え、等しく教育を受ける機会や権利が侵害された社会的不公正な状況を抱える。そこで、学校ソーシャルワークでは「教育機会の均等を保障していくために、児童生徒が抱える状況を改善していくこと」を目的として、実践方法では@個々人の状況改善に向けたアドボカシー活動、A人間関係での不信感を改善しパワー回復を目指すグループワーク、B社会資源の開発も含めたサービス調整を中心的手法に据えた。そして、本論文では事例研究からパワー交互作用モデルによる実践の有効性を示した。この実践モデルは状況把握の視点から介入方法が導き出せるモデルの構築を目指したため、実践的なモデルであると考える。しかし、今後も実証研究を積み重ねながら理論的基盤を築き上げていく必要がある。
  今回、安田火災記念財団賞をいただきましたことは、私自身の大きな喜びと励みであると共に、わが国での学校ソーシャルワーク研究が尚一層発展していく布石になればと願っています。そして、ご指導していただきました諸先生方、推薦して下さいました諸先生方に心より御礼と感謝を申し上げます。

 

 

[著書部門]  『イギリス近世初期の慈善活動の成立過程に関する一考察』
         −Statute of Charitable Uses (1601)を中心に−

日本福祉教育専門学校 専任講師 松山 毅

 本論文は、エリザベス救貧法と同年に成立していながら、あまり注目されてこなかったStatute of Charitable Uses.(慈善信託法あるいは公益ユース法)の概要と成立背景について素描したものである。従来の社会福祉発達史研究では、浮浪・貧民の抑圧や取り締まりを制定した救貧法制史研究は盛んであったが、一方で中世から継続されてきた慈善による救済思想・活動についての研究は、取り上げられることはほとんどなかったと言ってよい。しかし、その時代には都市や国家による救貧行政のみが貧困者救済にあたっていたのでは無いことは、W.K.JordanやG.Jonesなどのチャリティの実際やチャリティ法制史研究などからも明らかである。(序章)
  第2章では、慈善信託法の概要と我が国における先行研究について整理した。救貧法は、いかに浮浪・貧民を取り締まるか、ということに主眼があり、労働不能力者には施設収容を中心とした最低限の保護があてがわれているのに対して、慈善信託法は、その前文において、労働不能力者の救済の他に、学生への支援、橋や道路、港湾などの建設や補修、孤児の教育や就労支援、施設の建設や維持の支援、貧民女子の婚姻の促進、若年の商職人の援助、囚人・捕虜の救済や釈放、生活困窮者の租税支払いの援助、など、幅広い対象が慈善救済として、公益活動として促進・保護されている。
  第3章では慈善信託法の成立背景として、浮浪・貧民が増加した社会的経済的背景についてと、人々の慈善思想の変化について宗教的背景からまとめた。とくに慈善信託法に関連があるのは宗教意識の変化であろう。16世紀は、大陸による宗教改革やヒューマニズム思想などの影響を受けて、自己の魂の救済という「施与の功徳」を強調する、中世的な宗教的慈善思想からの脱却が試みられ、「世俗化」がはかられるようになる。「無分別な施与」を助長し、浮浪・貧民問題を悪化させる一因となった中世慈善思想から、近世慈善思想は「信仰行為としての施与」という「キリスト者の慈善の義務」の強調と、貧困を社会問題として捉える視点を準備した。これにより、教会を中心とした慈善活動が、俗人階級を中心に「世俗化」されていくのである。
  第4章では、この「世俗化」を法的に支えた慈善信託法の直接的背景について概観した。それは英国信託法に特徴的であるユース(トラスト)の思想と、慈善目的を巡る論議、そしてチャリティ・コミッショナーの創設についてである。「ユースの発達」とは、絶対王政と市民の間の課税や遺産譲渡をめぐる争いの歴史であり、「慈善目的の論議」とは、「何を公益性のある慈善信託と見なすか」という裁定をめぐる歴史である。そしてチャリティ・コミッショナーとは、慈善目的で遺された信託財産の公正な運用を希求する、市民の側の要求運動の歴史でもある。これらの部分は、今日の英国の公益信託制度につながる直接的な背景であるが、先行研究では十分に明らかにされていなかった部分である。
  英国救貧法がその生成過程において救済対象を「厳選」し、救済範囲を「限定」してきたことと対比するとき、慈善信託法で認められている救済範囲の持つ意味は何であろうか。慈善信託法を救貧法の「補完」と見なすのか、民間公益活動の促進の端緒と見なすのか、当時の救貧行政との関連でも更に検討する必要がある。そしてこの考察が、今日の公私関係やパートナーシップ、ボランティアやNPO活動を考えるヒントになると考えている。
  最後になりましたが、これまで支えていただいた先生方、同僚、仲間、家族に感謝しつつ、受賞に恥じないよう更に社会福祉研究に精進していきたいと思います。