本書は、明治末期から昭和初期にかけて展開された社会事業の形成要因とその特質について、内務行政の動向を中心に分析したものである。
分析は以下の4点を中心に進めている。
第1は、社会事業の成立期に関するもので、従来は大正期半ば(1920年前後)が成立期とされてきたが、ここでは感化救済事業および地方改良事業を提唱し始める日露戦争後(1905年)にその起点を置いている。社会事業の成立要件とみなされる国家の対応は、日露戦争後の社会問題を契機に早熟的な形で開始され、救済事業も国家への協力の1つとして位置付けられる。しかもこの国家の役割の強化が国民の指導に置かれていったことが、わが国での社会事業を規定していたのである(第1章)。
第2は、社会事業に関する国家行政組織の機構整備に関するものである。社会問題の増大という要件に直面した政府は、国家の役割を指導監督にとどめず、社会問題に対する諸策を所管する機構を作り始める。国家行政の組織が内包した問題は、これまで社会事業の成立に即した組織替えという意味しか与えられてこなかったが、社会局が構想した社会事業・社会政策と他の政府当局が理解する社会政策との違いをみせる部分であり、社会事業の施策全体を規定するほどの問題であった。(第2,4,5章)。
第3は、わが国で社会事業の基本理念とされた社会連帯思想に関する問題である。これまで、外来の社会連帯主義が日本では正しく解釈されえない思想的伝統があったことを指摘することに留まり、社会事業を支えた思想としての積極的な意義が見落とされてきた。社会連帯思想は、主にフランスの社会連帯主義を導入したものであったが、それを家族国家観と結び付けるという特異な解釈を行うことによって、社会事業の推進を必然とする方向と抑制する方向との両者に意味を持ちえたという問題があったのである(第3章)。
第4は、社会局がその限定された組織体制の下で進めた経済保護事業と組織が拡大された後に取り組んだ救護法に関するものである。社会事業の成立期からすでに広範囲の分野が構想されており、労働問題への対応も急務となる中で、経済保護事業は他省が関係を持つ労働問題には関与せずに社会局の所管として取り組みが可能な施策として重視されていった。この経済保護事業は法整備化が進まず、結果的に矮小化を避けられなかったことは、当時提唱された日本式社会事業の限界を意味している。
それは、後の救護法の規模が当初の構想に比して極めて小規模のものとなったことにもつながっている(第4,5章)。
日本における社会事業は、欧米における社会サービスあるいは社会政策と同様に20世紀にはじまる。それは、現代社会が不可欠とする国家の施策であったが、わが国の社会事業にはきわだった特質がみられた。その特質とは、日本の社会事業が民主主義システムによって構築された国民生活の国家的保障制度としての社会サービスではなく、日本式に変容された社会事業すなわち天皇を中心とした家族国家の親和策として構想されていたことである。こうした施策は、日露戦争後内務官僚らが主導したものであり、その特質は国家行政の展開過程にもっとも顕著に見出すことができるものであった。
今回、本書に対して身に余る評価をいただけましたこと、ひとえにご指導を下さった諸先生方、推薦をして下さいました諸先生方、その他多くのご支援をくださいました方々のおかげであると感じております。心より御礼と感謝を申し上げます。今後も、初心を忘れることなく、学びつづけてまいりたいと思います。
1980年代以降、福祉国家体制の再編が進む中で、多くの先進諸国において、社会サービスの供給システムに多元化と市場化という概念で特徴づけられる変化が生じており、多元化と市場化は現代福祉国家の「新たなオーソドクシー」になりつつあるとさえ言われている。
本論文は、このような状況をふまえながら、多元化と市場化に関わる政策動向を国際比較的な視点を交えつつ分析するとともに、多元化・市場化に関わる諸概念と分析枠組みにについて若干の理論的考察を行ったものである。
このような問題状況と本論文の目的について述べた第1節に続き、第2節では、福祉多元化、福祉多元主義の概念の分析を行い、市場志向型/参加志向型、サービス購入型/利用者補助型という福祉多元化の類型を設定した。また、市場化と多元化は必ずしも並行して同時に進められるとは限らず、「市場化なき福祉多元化」「福祉多元化なき市場化」もあり得ることを、政策事例を示しながら明らかにした。
第3節では、近年の先進諸国における福祉多元化・市場化の政策動向を概観した。そこではまず、分析を行うにあたっての基本的な視点を設定した上で、サービス供給における民間非営利部門のウエイトに基づいて各国を連続線上に並べた時に両極に位置するスウェーデンとオランダ、それらの中間に位置するイギリス、ドイツ、日本を取り上げて、多元化・市場化に結びつく制度改革等の状況を検討した。
以上の政策動向の概観をふまえて、続く第4節では、多元化・市場化に向けての改革をもっとも体系的に推進してきたイギリスを取り上げ、90年代に実施されたコミュニテイ・ケア改革とNHS改革の内容を紹介するとともに、第2節で設定した福祉多元化の類型も用いながら、その特徴と意義を分析した。
第5節では、社会サービスにおける市場メカニズムの機能を分析するためにイギリス等で開発された「疑似市場」の理論の概略を紹介し、社会サービスの市場化の可能性と限界についての若干の考察を行った。
最後に第6節では、日本における社会サービスの多元化・市場化のあり方を検討する際に、以上の検討結果がどのような示唆を与えてくれるのかを検討した。福祉国家の存立基盤が揺らぎ、多様なオルタナティブ(代替案)が模索されている今日において、多元化・市場化に関する政策研究に求められていることは、まず第一に、「国家責任か市場原理か」といった二者択一的でイデオロギー的な議論にとらわれずに、現実の政策の変化やその背景と帰結を客観的に分析することであり、またその結果に基づいて、福祉世界の実現を展望しつつ福祉国家体制の再構築をはかるにあたって多元化・市場化という政策手段のもつ可能性と限界を明らかにすることである。
本論文がこのような方向での研究の前進にいささかでも資するところがあれば幸いである。本論文は、法政大学大原社会問題研究所の研究プロジェクトにおける筆者の担当部分の研究成果をまとめたものであり、本論文を含む研究報告の刊行(大山博・炭谷茂・武川正吾・平岡公一編『福祉国家への視座―揺らぎから再構築へ』ミネルヴァ書房刊)は、同研究所の援助により可能になった。また、本論では、また、財団法人ユニベール財団の研究助成を受けて行った現地調査の結果を活用している。法政大学大原社会問題研究所、ユニベール財団、および大山博、廣田明、秋田成就、高藤昭の各先生をはじめとする研究プロジェクトのメンバーの方々に厚くお礼申し上げます。